今日

ふらっと入ったミスドの店員(男)の手首にリスカの痕があった。あんまり直に見る機会がないのもそうだがその店員の声が不安定な明るさを持ってたから一層気になった。

最近M子から電話がない。
M子とは高校のとき同じクラスだった。典型的な文化系女子で整った顔立ちと透き通るような肌が印象的だった。しかし男子の話題に上るかといえばそうでもなく、自分も席が隣だったが彼女自身が周りとの関わりを拒絶しているようでもあったのでさほど言葉も交わさなかった。だから彼女が三年の梅雨ごろから学校に来なくなったのにも対岸の火事で卒業してからも思い出すことはなかった。そのM子と、帰郷した際にたまたま入ったカフェで遭遇した。自分が列に並んで会計を待ってると店員と親しげに話していた前の女性がチラッとこっちを見て、うれしそうな顔で自分の腕をつかんだ。自分の名前を呼んだその声でやっとM子だとわかった。彼女の変容は結構衝撃的で、外見は想定できる範囲内だったが、快活で自信に満ちた口振りは以前の彼女とはかけ離れていた。
同じ席に着くとそれからほぼ二時間、M子は一方的に自分に向かって話した。
ほとんど初対面の自分に対して、予備校時代のこと、結局大学に行っていないこと、添乗員をしていたこと、留学したいと思っていること等をほとんど間を置くことなく話した。暑いと言って上着を脱ぎ、あらわになった細くて白い腕の無数のためらい傷を見て思わず息を呑んだ。そのあたりから突然話題が暗い方へと傾斜し始める。父親が破産したこと、精神安定剤を服用していること、医師から入院を勧められたが母親の実家に逃げたこと、精神科に入院している友人のこと、別れた彼氏が自殺を図ったこと...それらを臆面もなく大声で店中に聞こえる声で話す。他の客からの視線を察し、半ば強引に促して店を出た後も、駅ビルで一時間ほど話を聞いた。
別れ際、メールアドレスを聞かれた。怒涛の口撃に軽い吐き気を催していて連絡先を教えるのも憚られたが、どうしてもと言う。電話ならそうは掛けてこないだろうという事で携帯の番号のみを教えたが甘かった。翌日から大体朝の6時か夜の10時にほぼ毎日電話が掛かってきて必ずカフェで聞いたような話を一時間以上繰り返した。さすがにうんざりしてこちらが電話を取らないようにするとその頻度も低くなった。二週間ほど音沙汰なく、ある日また電話が鳴った。いつものように無視するがその日はしつこく何度も掛けてくるので仕方なく出ると、入院することになったとM子は言った。
「今度いつ出てこれるかわからないのでどうしても言っておきたかった」と特に沈んだ様子もなく続けた。
僕は再会したカフェで聞いた精神科の病棟の厳重な扉のことや異様な臭気の話を思い出していた。体は健康なのでみんな自由に歩き回ったりしているのだと言う。その想像上の病院内にM子の姿を置いてみた。病棟に佇むM子は、従容とした高校時代の彼女だった。